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2011年8月10日

大阪城

先日、調査が大阪市中央区で終了した為、大阪城に少し寄って来ました。

前にテレビで「今の大阪城は誰が建てたのか?」との問題を聞いたことがありましたが確か答えは、豊臣秀吉ではなく、??? 。

せっかく大阪城まできたので色々見て廻ってきました。

諸説あるでしょうが一般的には今の天守閣は3代目。

秀吉時代の初代天守は天正13年(1585)から慶長20年(1615)まで 31年

徳川時代の2代目天守は寛永3年(1626)から寛文5年(1665)まで 40年

大坂夏の陣で廃墟同然となった大阪城は、家康の孫である松平忠明に与えられたが本格的な再建はなかったと考えられているらしく、大河ドラマでいう「江(ごう)」姫の夫となった2代将軍徳川秀忠により大阪城再築工事が起こされ、3代将軍家光の時に完成したらしい。

徳川氏大坂城は豊臣氏大坂城の石垣と堀を破却して、盛り土をした上に天守なども造り替えられた。

寛文5年(1665)天守は落雷により焼失し以後、復興天守まで266年間、大坂城は天守を欠いた城となった。

3代目の復興天守閣は昭和6年(1931)から 80年目 最長記録更新中です。

昭和3年(1928)当時の市長、関一(せきはじめ)が天守閣復興を提案、およそ半年で市民の寄付金が目標額の150万円【現在で約600から700億円に相当】が集まり、昭和6年(1931)に竣工した。

建物は、徳川大坂城の天守台石垣に新たに鉄筋鉄骨コンクリートで基礎をした上に建てられた。

外観は、大坂夏の陣図屏風を基に設計され、初層から4層までは徳川時代風の白漆喰壁(しろしっくいへき)とした一方、5層目は豊臣時代風に黒漆に金箔で虎や鶴【絵図では白鷺(しらさぎ)】の絵を描いている。

デザイン等については、諸々の議論があり、豊臣時代の形式に統一するべきとする意見もあるらしいです。

個人的には、今の大坂城、思っていたよりもきれいでよかったですけど。

現在、大阪城天守閣復興80周年

夏の開館延長をされています。

7月16日(土)から8月26日(金)9時から19時

8月27日(土)から8月28日(日)9時から20時

詳しくはホームページをご参照して下さい。

http://www.osakacastle.net/

投稿者 探偵A | トラックバック(0)